1974年8月30日、東京・丸の内の三菱重工本社ビルで時限爆弾が爆発した。8名の死者と約380名の負傷者が出たこの事件は日本社会を震撼させた。事件から1ヶ月後、犯人から声明文が出される。「東アジア反日武装戦線“狼”」と名乗るその組織は、この爆破を「日帝の侵略企業・植民者に対する攻撃である」と宣言。その後、別働隊「大地の牙」と「さそり」が現れ、翌年5月までの間に旧財閥系企業や大手ゼネコンを標的とした“連続企業爆破事件”が続いた。
1975年5月19日、世間を騒がせた“東アジア反日武装戦線”一斉逮捕のニュースが大々的に報じられた。人々を何よりも驚かせたのは、彼らの素顔が、会社員としてごく普通に市民生活を送る20代半ばの若者たちだったという事実であった。凄惨な爆破事件ばかりが人々の記憶に残る一方で、実際に彼らが何を考え、何を変えようとしたのかは知られていない。
時は過ぎ、2000年代初頭、釜ヶ崎で日雇い労働者を撮影していた韓国のキム・ミレ監督が、一人の労働者から東アジア反日武装戦線の存在を知り、彼らの思想を辿るドキュメントを撮り始めた。出所したメンバーやその家族、彼らの支援者の証言を追うなかで、彼らの思想の根源が紐解かれていく。
高度経済成長の只中、日本に影を落とす帝国主義の闇。彼らが抗していたものとは何だったのか?彼らの言う「反日」とは?未解決の戦後史がそこに立ち現れる。
1964年、韓国生まれ。韓国外国語大学ドイツ語専攻を卒業後、韓国独立協会の運営委員を務める。2000年頃から韓国と日本の労働運動や人権問題に焦点を当てたドキュメンタリー制作を始める。 初の長編作品We are Workers or Not (03)はフリブール国際映画祭でドキュメンタリー賞を受賞。その後、日本の日雇い労働者を描いた『土方』(05)でソウル人権映画祭人権映画賞を受賞。2007年に韓国で起きた女性労働者の占拠運動を描いた『外泊』(09)は山形国際ドキュメンタリー映画祭のアジア千波万波部門特別招待作品に選出された。SANDA: Surviving (14)では韓国のDMZ国際ドキュメンタリー映画祭で最優秀韓国ドキュメンタリー賞を受賞した。
70年代の日本において、戦時中の日本国家に搾取され殺された東アジアの人々の「恨みと悲しみ」を胸に、自らが生活している社会の正義のため正しいと思ったことを行動に移し、最後までやり遂げようとした若者たちがいました。しかし、そのために8名の人が命を失い、多くの負傷者が出ました。彼らは逮捕されたのちに、刑務所の内外で長い期間にわたって、自らのために犠牲になった人々の死に向きあって生きねばなりませんでした。苦痛だったかもしれませんが、幸いにも「加害事実」に向き合う時間を持つことができたのです。8名の死と負傷者たち。それがこの作品の制作過程の間じゅう私の背にのしかかってきました。しかし、彼らと出会うことができて本当に良かったと思います。この作品は、私に多くのことを自問する時間をくれたからです。どう生きれば良いのか、今も考えています。観客の皆さんにも問いが生まれることを期待しています。
COMMENT
コメント
彼らは何を求めたのか。そして何を間違えたのか。
時代は終わっていない。そこにかつて統治された国からの視点が重なる。
事件から半世紀が過ぎかけているからこそ、僕たちは解釈の多様さを取り戻さなくてはならない。
映画監督・作家・明治大学特任教授
橋の向こう側は霞んで、何も見えない。爆破されずに残った橋、その向こうから啓示がやってくる。まるでジャ・ジャンクーの世界。〈東アジア反日武装戦線〉がこのように描かれたのは、初めてである。
東京外国語大学教員
70年代には日独伊、旧枢軸国で爆弾闘争が続いた。「狼」はポストファシズムの世代の贖罪意識の現われである。この作品を監督したのが、日本の旧植民地の若い世代であることを、ある感慨のもとに受けとめた。
映画誌・比較文学研究
「体を張って自らの反革命におとしまえをつける」。その峻烈な決意は帝国の闇を照らし、四十余年を経て海峡を越えた。彼らの意思はいまも歴史を動かしているのだ。
東京新聞論説委員兼編集委員
中島みゆきの『狼になりたい』は東アジア反日武装戦線のことを歌っている。ずっとそう思っていた。彼らはこの世界を考えるとき常に“重要な人たち”だった。日本にいる自分たちが作らなければいけなかった。それが、韓国から発せられた。敬意を込め見るしかない。
映画監督
誰よりも負の日本近現代史と自らを直結させ、「おとしまえ」をつけようとしたかれらは、誰よりも自他を傷つけてしまった。ナショナリズムとの向き合い方を問い、希望の種を探すため、参照すべき映画だ。
新聞記者、『新左翼とロスジェネ』著者
私たちは、暴力の後、そして革命後の世界を生き、今もなお、狼の夢を追い続けている
長崎大学教員
侵略者であるテメエにおとしまえをつけろ。
罪悪感のない、正しい自分がほしいのか。
「狼」の爆風はそんなわたし自身をふっとばす。
やられたら、やりかえせ。やられなくても、やりかえせ。
根拠なき生を共にいきよ。
アナキズム研究
未公開となっている『カウンターズ』に続き、韓国の映画人が、日本に棲息し続ける歪んだ国家主義に抗う者たちを取り上げてくれている。
〈東アジア反日武装戦線〉の活動には、誤謬もあったかもしれないが、その試行錯誤から学ばなければならない。
彼らと共有すべきものがあると考え、かつて私は戯曲『火の起源』を書いた。あの地点から始まった〈人の繋がり〉の連鎖は、まだ続いている。時代を超えて、さらなる覚醒が必要なのだ。
演出家・劇作家
世界のどこかで生き続ける狼の生き残りは、1回のクリックで「反日」というフレーズが乱舞する令和時代を皮肉るのか、さて嘆くのだろうか。狼の対義語は羊だ。私たちは羊ですらない。観るべき傑作である。
作家
自分が加害する側の人間だと自覚することと、その加害性を乗り越えようともがいた結果、別の加害という暴力に飛躍してしまうこととの間に、どんな過程と理由があるのか、支配された側に属する監督が、静かに探していく。関わった女性たちを中心に描いていることに、同じ構造の暴力には加担しないという意志を感じた。この映画でこそ、歴史を知ってほしい。
小説家
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